【進路に悩む方へ】大学4年の私が内定を辞退して日本語教師になった理由|就職活動体験記

今、将来の進路や就職先で悩んでいませんか?

この記事では、日本語教師の就職活動を実際に体験してみた私の体験談を時系列形式でご紹介します。

一般的な就職活動の流れやポイントを詳しく知りたい方は、コチラの記事もあわせてご覧ください。

【こんな方に読んでほしい】

 

将来の進路に悩んでいる・・・

 

外国人に関わる仕事がしたい!

 

日本語教師に少し興味がある!

 

いつか海外で働いてみたい!

日本語教師を将来の仕事の選択肢に少しでも入れている方や新しいことに挑戦してみたい方の今後の就活の参考になれば幸いです。

目次

私が内定を蹴って日本語教師を志すまで

就職先に迷いがでてきた (大学3年2月-)

大学3年生といえばもちろん、就活の年。

国際系の学部に通っていた私は、やりたいことも特になく、なんとなく「英語を使った仕事をしたいなあ」とぼんやり考えていました。

留学生と国際交流するサークルの運営に関わったり、定期的に大学内にいる留学生やイベントで出会った友達と遊んだり、TOEFLの塾に通ってみたり、、、。

何もしていないわけではなかったのですが、私より積極的に活動したり行動したりしている人は周りに大勢いたのでそれに比べると本当にのほほんと学生生活を過ごしてきました。

そうこうしているうちに、周りと同じように就職活動を始め、外資系の某大手企業(化粧品や生活用品を扱う会社です)から内定を頂きました。

入社基準として一定の英語力は求められましたが、実際の業務は英語を使う機会はほとんどないような部署です。

これが大学3年生の2月後半のこと。

周りより少し早く内定をもらった私は、本来であれば安心して喜ぶべきところなのですが、自分の中でもやもやとしたものが残りました。

「これは自分の本当にやりたいことなのだろうか?」

いつか海外で仕事をしてみたいという夢もありましたが、いきなり海外へ飛び出す勇気なんてありません。

いつも守りの姿勢に入り、リスクティキングを避けて生きてきた私にはこれが精いっぱいの結果でした。

『日本語教授法』との出会い(大学3年3月-)

そんなとき、頭の片隅にあったのが「日本語教師」という職業です。

私の大学には日本語学科はなかったのですが、「応用言語学」や「異文化コミュニケーション」などの授業は数多くあり、必修の英語ディスカッションクラスなんかより何倍も興味があったためいつも食い入るように講義を聞いていました。

そんな中出会ったのが「日本語教授法」という授業です。

(この科目はのちに日本語教師養成講座でより深く学習することになります。)

必修科目ではなかったのですが、普段から外国人留学生に接していたこともあり、日本語の質問をされることもあったので役に立つだろうと思いなんとなく履修してみました。

これが・・・本当に面白い!(笑)

自分の母語の日本語に関して勉強しているのに、まるで自分が全く新しい言語を学んでいるかのような錯覚に陥りました。

非母語話者(外国人)からみた日本語という言語の面白さと難しさに魅せられた私は、ここで初めて「日本語教師」という職業の存在を知ります。

私のイメージする「外国語の先生」は、小学校にいるようなALTのネイティブ講師や幼稚園から通っていた英語教室のアメリカ人の先生など。

どれもゲーム感覚の授業だったし、文法説明の時間はゼロ。

正直「なんだ、簡単そう。」と思っていました。

英語の本格的な文法説明は学校や塾、予備校で日本人の先生から教わってきたので、恥ずかしい話ですが外国人の先生に対するイメージはこんなものだったのです。

ところが、日本語を教えるというのは想像と全く違いました。

「1グループって何?!」

「て形ってなに?!」

「はとがの違いなんかあるの?!」

といった感じで、初級の段階から知らないことだらけでした。

もちろん、日本語の母語話者なので動詞をグループ分けして教わったことがないのは当たり前のことなのですが、当時の私にとってはそれほど衝撃的なものでした。

そして思ったのです。「自分はこれがしたい」、と。

日本語教師として外国人に日本の良さを伝えていく。

日本語教育を世界中に広めていく。

自分への使命感のようなものを(勝手にw)感じていました。

ここから、私の「日本語教師」になるための道のりが本格的にスタートします。

内定を辞退し養成講座へ通い始める(大学4年4月-)

さあ、日本語教師になると決めたからには、内定を辞退する必要があります。

大学4年の内定者がする普通の行動ではありません。

今まで重い腰をなかなかあげることのなかった私ですが、ここからの行動はすさまじく早かった。(笑)

辞退後はすぐ、知り合いのつてで連絡先をゲットした海外で働くフリーランスの日本語教師の方や、留学生の友達が自国で通っていた語学学校、大学の日本語教授法の教授など手当たり次第にコンタクトをとり、日本語教師とはどんな仕事なのかを聞きまくったのです。

インターネットでもある程度の知識は付けましたが、実際働いている方々の声をひたすら集めました。

そして同時に日本語教師養成講座へ申し込み。

4月のまだまだ就活真っ盛りの時期に、自分の人生という船の舵を大きく切ったのです。

(それも周りとは真逆の方向へ笑)

養成講座では、半年かけて終了する昼コースと1年かけて通う夜コースが選べたので、後者を選びました。

すでに単位はほとんど取っていたのですが、忙しいゼミに所属していたのと英語の勉強に力を入れたかったからです。

夜コースといっても、平日はほぼ毎日授業があり、1日で3コマ(約3時間)だったので学業との両立は大変でしたが、毎回の授業が楽し過ぎて全然苦になりませんでした。

科目ごとに毎回テストがあるのですが、ほぼすべて満点を取っていた記憶があります。

何かに熱中したのは久しぶりでした。

今まで同年代が集まる組織にばかりいた私は、養成講座で色々な職種の人と出会います。

養成講座修了後は海外へ行きたい人、自宅で外国人向けに日本文化を教える教室を開きたい人、新しい自分を発見したい人、元小学校の校長先生、介護の仕事をしている人、世界中を旅しているバックパッカー・・・

本当に色々なタイプの人がいることに驚き、そしてそれが心地の良い刺激になりました。

養成講座では、科目ごとに先生が変わるのですが、尊敬できる恩師にも出会えました。

自分の世界が広がるのと同時に、新しいことを学ぶことの楽しさを実感したのを覚えています。

知り合いの紹介で中国人エンジニアの方々にボランティアで日本語を教えたり、大学の言語交換プロジェクトに積極的に参加して日本語を教える機会を自ら作ったり、はたまた留学生の友達を集めて日本語勉強会を開催したり・・・

養成講座でインプットした知識をアウトプットするため、日本語を教える場に積極的に身を置きました。

そんなこんなで、楽しく養成講座に通っていた私ですが、ついに就職活動を始めます。

就職活動開始→インターンシップ→内定まで

就職活動をスタート(大学4年11月-)

大学卒業後すぐに働き始めたかった私は、受講修了の4か月前から就職活動を開始。

大学院へ進学し大学で日本語を教えることも視野に入れており、進学説明会などに参加したりもしましたが、ひとまずは就職することを選びました。

私の地元は大都市ではないですが、日本5大都市には含まれているのでそれなりに日本語学校は存在していました。

私の養成講座は日本語学校で行われていたので、そのまま就職することもできましたが、ベテラン先生が多く自分の出番は少ないのは分かっていたので、他の日本語学校をあたりました。

数校応募し、全て合格通知を頂いたのですが、就職活動中に気になる求人を見つけました。

それは日本語学校の運営スタッフとしての募集でした。

非常勤講師では収入が不安だったので、日本語学校の事務員の求人も見ていたのですが、その求人は事務員ではなく学生サポート&運営スタッフ。

グローバルなサービスを展開している一般企業の正社員としての求人です。

「事務もいいが自分の裁量権が大きいところで働きたい・・・」と感じていた私にはぴったりだと思いました。

また、日本語教師としての視点+αで学校の運営側の視点も身に着けることで日本語教育のより深い核心的な部分の理解に繋がるのでは?と考えました。

機会があれば日本語教師として授業も持てるということだったので、私からしてみれば一石二鳥です。

ファーストコンタクトでは中途採用しか行っていないと断られてしまったのですが、しつこく粘り(笑)、紆余曲折を経てその学校でインターンシップとして働くことになりました。

日本語学校でインターンシップ(大学4年12月-)

インターンシップといっても色々ありますが、これは選考型のインターンシップです。

12月から1か月間働いてみて、戦力になりそうなら採用、というものでした。

業務内容としては、学生の情報管理や掲示板作り、学校内のイベントの企画や放課後の活動のスケジュール管理・予約など。もっと細々したものがあった気がしますが、養成講座に通いながら毎日インターンシップとして働いていたため、忙し過ぎて記憶がありません(笑)

その学校は、日本語学校ではありますが、他の日本人向けサービスも複数提供している「会社」でした。

なので、「学校」というよりは会社の中に日本語学校というサービスがある、といったイメージです。

世界でも権威ある語学学校認定機関から認定されていたり、世界の優良語学学校が受ける賞を数多く受賞していたりする学校だったため、求められる仕事のスピード感や細部へのこだわりに最初は驚いた記憶があります。

日本ではあまりない短期留学専門の学校だったため、毎週学生が入学し、卒業していくという環境でした。

日本語の先生方もとても優しく迎え入れてくださり、私の通っていた養成講座の先輩も数名いて、とても雰囲気の良い職場だったのを覚えています。

内定をゲット(大学4年1月-)

インターンシップ期間を経て、ついに1月に無事採用が決定。

卒業までは準正社員という形で勤務しました。

2月は1か月まるまる海外旅行に行って勤務数は少なかったのですが、とにかく無事卒業前に内定を頂くことができました。

日本語教師として働くと決めてから即行動を開始し、養成講座に通ったり(日本語教育能力試験も独学で一発合格しました!勉強法はまた別記事でご紹介します。)

日本語学校でインターンシップをしたりと怒号の1年が終わりました。

最後に

以上が私の就活生時代の体験談になります。

今日本語教師を目指して就職活動をしている方に、私の経験を通して一番伝えたいのは、日本語教育業界には様々な働き方があるということ。

日本語教師はもちろん、事務スタッフや留学代理店、ボランティア、他業界など、様々な方向から「日本語教育」に関わることができるんです。

一般企業に勤めながら日本語教師をすることも可能ですし、現に今私は日本語学校のスタッフを辞めて外資系IT企業で勤務する傍らフリーランスの教師として日本語を教えています。

スタッフ時代は学校運営の業務が多かったため、なかなか日本語を教えることに深く向き合う時間がなかったのが事実ですが、学校の中の仕組みを理解したことで日本語業界全体への知識が深まり、今のフリーランスとしての教師活動に活きています。

また、日本語学校運営からは離れてしまいましたが、一般企業に勤めている今も日本語教育業界をもっと盛り上げていくために自分には何ができるかを日々模索中です。

私の経験談が、これを読んでいる方の将来のヒントに少しでもなれば幸いです。

最後まで読んでいいただきありがとうございました。

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この記事を書いた人

某米系外資IT企業勤務の20代OL。副業でフリーランス日本語教師もしています。
自身の経験を元に、転職、キャリア、英語学習、日本語教師についての情報をブログで発信中。

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